iTunes 11.1.4 自動アップデートのエラー顛末メモ


Appleの「iTunes 11.1.4」が公開されましたが、今回の自動アップデートは失敗。手動もダメ。

放っておいたら、翌日、PCの起動時、「APSDaemon.exe システムエラー MSVCR80.dll がないため、プログラムを開始できません」のエラーダイアログ。

検索すると、このページなどで言われているようにいろいろ起きている模様。
私のPCはWindows7の64bit。

Appleによるこの記事に基づき、[コントロールパネル]の[プログラム]から下記の順番でアンインストールを行い削除。

1. iTunes
2. Apple Software Update
3. Apple Mobile Device Support
4. Bonjour
5. Apple Application Support (iTunes 9 以降)

但し、いろいろ事例が報告されている通り、「Apple Mobile Device Support」はどうやってもアンインストールできず…。

ところが、まぁ「Apple Mobile Device Support」が残っていてもいいか、と割り切り、「Apple Mobile Device Support」が残った状態で、再度、改めてiTunesをインストールしたところ、問題なくインストール完了。

あとはこのまま問題なく使えてくれればと願う。

何となく、今回のiTunesには何かバグがありそうな印象。今回はオフィスのPCだったが、家のPCなどは、更新のお知らせを無視し、次期バージョンまで待とうかと思った…。

140119_初めて「三鷹の森ジブリ美術館」へ娘と行った


「三鷹の森ジブリ美術館」 のチケットには「市民及び近隣住民特別枠」というのがあり、リアルタイムではないながら、サイトでおおよその残り枚数が分かる。1月19日(日)、珍しく日曜なのに午後が二重丸(20枚以上の枚数)だったため、急遽、中央線に乗り込み三鷹駅へ向かった。

9時からオープンする、三鷹駅南口駅前のみたか観光案内所で無事にチケットを2枚、手に入れる。大人1,000円、娘はなんと100円。一旦、小金井に帰り、14時からの午後の部へ、娘と二人で向かう。

暖かい季節なら自転車で行くエリアだが、さすがに寒すぎるうえ、ジブリデザインのあの黄色いバスに乗った方が盛り上がるだろうと、中央線で三鷹駅下車、バスを利用する。このコミュニティバス、これまでに何度となく見かけてきたが、乗るのは初めて。予想通り、娘のテンションを上げるには十分だった…。

ジブリ美術館は、井の頭自然文化園(動物園)の帰りに外から眺めたことがあるくらいで、娘も私も初めて館内に入る。まずは映画のワンシーンから切り取られた35mmフィルムをあしらった入場券をもらう。これは後ほど、館内の映写機で実際に投影して絵柄を確認することができる。

最初は「土星座」と名付けられた映像展示室(立派な映画館)で、ここでしか観ることができないというオリジナル短編アニメーションを鑑賞。期間でローテーションしているようで、この日は『コロの大さんぽ』という作品だった。

きっとどれも素敵な作品なのだろうが、『コロの大さんぽ』の期間に入館したというのはベストな出会いだった気がする。なにせ、娘も私も良く知っている風景がたくさん登場する作品なのだ。

東小金井駅、西武多摩川線、JR中央線、武蔵野公園、玉川上水…。高圧線の鉄塔や町並みも含め、小金井市に住む人にはたまらないロケーションが描かれている。

そして、娘は子犬の「コロ」をとても気に入ってしまった。犬が飼えないという事情も考慮して、帰りに、ミュージアムショップでコロのぬいぐるみを買ってあげることになる…。

その後は、ネコバスルーム。遊べるのは小学生以下限定。ネコバスの周りには“まっくろくろすけ”。娘は楽しそうに遊んでいた。

その他、アニメーションの仕組みが分かるとても工夫が施された各種展示、屋上庭園には約5mというロボット兵、手こぎポンプの井戸など、14時過ぎから17時頃まで、満喫して帰途へ。帰りも三鷹駅までは黄色いバスを利用する。

「自分の目で見て、体で感じて…思い出は心の中に」ということで館内は写真不可。ネコバスのところでは、撮りたそうな親もチラホラいたが、これはこれで徹底されていて心地よい印象。写真はあくまで撮ってもよさそうな屋外のみ、コンデジで撮ったものです…。

2001年10月1日開館だそうなので、12年以上を経て初めて入りました。本当に素晴らしい施設です。

110830_IRSの「Form SS-4」と「EIN番号」と「Form W-8BEN」にまつわる備忘録


 米国でのコンテンツ販売を促進するにあたり、所定の手続きをしないと、米国非居住者として米国の源泉所得税30%を免除してもらえる“租税条約の特典”を受けられず、30%が源泉されてしまう、ということで、その対応のため、この6月頃から英語の手続きをあれこれ行なった。
 ネットで検索する限り、日本語で解説されているページについては、あくまで個人の手続きに関するものが多く、“日本の株式会社”としての手続きについては、正確な情報を集めるのに苦慮した。税理士の先生やそのネットワークから得たアドバイスをもとに、ここへ来て一通りの問題をクリアし、手続きも完了。その一部を備忘録メモ。
 まず、「Form SS-4」を作成し、「IRS」(米国の内国歳入庁。日本の国税庁に相当。)へFAX。FAX送信先はIRSのサイト内にあったこのページに基づき、下段にある「Fax-TIN: (267) 941-****」へ送信してみた。
 2週間ほどかかる、という情報や、郵送方式では数ヶ月かかる、という情報もある中、6/13にFAXし、7/4に突然、IRSから国際郵便で書類が届いた。中にはEIN番号とそれに関する書類、及びEFTPSに関するパンフレットの計2部が同封されていた。
 このEIN番号に基づき、「Form W-8BEN」を作成。オンラインで提出。後日、この承認を受けて、ひとまずの手続きは完了した。
 なお、EIN番号を取得しただけでIRSとのやりとりは終了する訳ではなく、今後は毎年1回、「Form 1120F」(日本の法人税の申告書に該当するそう)及び「Form 8833」(租税条約の免税を受けるための情報開示だそう)を提出する必要があるとのこと。いい勉強になった…。

100312_東日本大震災・翌日


[前日からの続きです]
 24時過ぎだったか、私の他にもう一人残っていたスタッフが、電車のメドがついたとのことで、オフィスを後にする。その頃だったか、固定電話から妻に電話がつながり、無事だったこと、丸井の5階から非常階段で屋外へ出たこと、めちゃくちゃ揺れたこと、殿ヶ谷戸庭園内に一時的に避難したこと、頑張って歩いて帰宅できたこと、家はひとまず大丈夫そうなことなどを聞く。
 私は道路交通情報と、たまに実際に山手通りを覗きに行った結果、社用車で深夜1時過ぎにオフィスを後にする。

 山手通りは普段でいうと渋滞気味にあたると思うが、さっきまでの大渋滞に比べれば、だいぶマシな印象。新しい富ヶ谷の首都高入口の「地震のため入口閉鎖中」の文字が印象的。

 いつもなら、20号経由で東八道路ルートだが、渋滞回避に加え、頭上を高速が併走している20号を避けたいため、方南~井の頭~人見~連雀通りの奥の手(?!)ルートで攻める。
 

 案の定、方南通りはなかなかスムーズだったが、人見街道へ曲がるルートは結構詰まっている様子。そこで井の頭通りを直進するも、吉祥寺駅周辺で渋滞にハマる。

 連雀以降は比較的スムーズ。深夜3時を回っているのに、西武多摩川線が走っていた点、またどこから歩き始め、この後どこまで歩くのか分からないが、歩道を歩く複数のスーツ姿の人たちが心に残る。

 結局、帰宅したのは深夜3時20分頃。普段1時間強のルートを2時間強、倍とはいえ、この状況下では有難い方だと考えたい…。

 当然、娘も妻も眠っている。とにかく何とか帰れて再会できたことをひとまずは感謝。これ以上の地震が続かないことを祈る。すでに妻が片付けた箇所もあるが、家の中は思いのほか物が落ちた形跡は少なく、本棚前の本だけが地震の痕跡を物語る程度だった。
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[この記事は311東日本大震災から100日目の2011/06/18にやっと振り返る気になってバックデートで執筆・公開したものです]

100311_東日本大震災・当日


 中目黒のオフィス、自席で普段通りPCに向かっていると、突然、揺れを感じる。いつものように、どの程度の地震か様子をみようと立ち上がるも、強い揺れを感じ取ってか「みんな机の下に入って」と叫びつつ、自分自身も机の下に潜り込む。
 段々と強まる横揺れ、しかも長い…。机の周辺の小物、特に無造作に積み上げていた棚の上のDVDソフト群などが滑り落ちてくる。「止まれ~、止まれ~」とおまじないをかけるように、地震への文句を声に出しつつ、揺れが収まるまで身を潜めていた。
 揺れが収まって机の下から抜け出すと、社内のスタッフもそれぞれ、呆然とした面持ちで立ち上がっていた。同じフロアのスタッフに外出者はおらず、全員社内にいて無事。一人、打ち合わせスペースに企画進行中のカメラマンが打ち合わせに来られていたが、打ち合わせテーブルの下に潜っていたようで無事。社内で一番被害が大きかったのは、普段から一番机の周りが雑然としている、つまり汚い、私の机周辺だった…。

 「大丈夫だった」「こんな地震、初めて」「関東大震災じゃないのこれ」「東海地震じゃないの」みたいな取り留めのない会話をしている間にも、余震らしき揺れを感じる。結局、マズいんじゃないのこれ、ということで、皆で建物の外に出た。
 建物の前には他のフロアのスタッフもいる。とにかくビル全体で、人的にも物的にも、特に大きな被害は出ていない模様。私は、火事の心配を考え、ひとまずビルの周辺をグルッと見回りに行く。

 路地裏にも、山手通り沿いにも、所々、人だかりが出来ている。やはり、各ビルから出てきた人たちや通行人が、スペースを見つけて固まっているようだ。幸い、火事の兆候は見られない。
 オフィス前に戻ると、一部は近くの菅刈公園へ避難するという。また、一部の人はひとまずオフィス内で様子をみるという。電話は携帯も固定もつながらない。幸いなことに、ネットは生きている。ネットとラジオで情報を得つつ、様子をみることに。
 これが、2011年3月11日14時46分発生の東日本大震災発生時の初動。もちろん、この時点ではお台場の方で火災が発生している模様とか、どこかのビルで損壊が生じている模様とか、断片的で曖昧な情報しか得られておらず、原発事故へと続く、長いトンネルの始まりだとは気付いていない。
 家族との連絡については、14時51分に妻から「国分寺の丸井5階にいる」という1行の携帯メールが届く。15時10分に携帯から「無事だよ。無事?」とメールを返すも音沙汰なし。もちろん電話はどうにもつながらない。「無事」とか書いていないが、いずれにしてもメールを送れているということは、人的被害にはあっていないものと思い、間隔を空けながらも断続的に連絡を試みる。
 打ち合わせに来られていたカメラマンはバイクで来られていて、しかも住まいが同じ目黒区内ということで、問題なく帰れてよかった。強い余震は続かず、オフィス内も若干、落ち着きを取り戻したところで、私は社用自転車を借り、品川区内の実家を目指す。
 昔、東京で確か震度4か5があったとき、風呂場のタイルに結構目立つヒビが入った築30年を超える木造住宅とそれよりさらに古い店舗部の複合住宅。あの揺れなら倒壊したんじゃないか、との予感で自転車を走らせた。頭に防災用の白いヘルメットを被った、怪しい出で立ちで山手通りを疾走…。

 中目黒駅は電車が止まっているようで、改札の外まで人が溢れている様子。タクシーを必死に捕まえようとしている人、各バス停は長蛇の列。電車が止まっているせいで、タクシーと、渋谷駅行きのバスに人気が集中しているようだ。小学校に子供を迎えにいった帰りらしき親子なども印象に残る。
 但し、その光景以外は比較的平穏。少なくとも、倒壊しているビルや火災が生じている建物などは一切、見当たらない。恐る恐る実家の前に自転車を止め、中に入るも、異変はなさそう。両親が出てきて、むしろ私が突然、様子を見に来たことに非常に驚く。
 とにかく実家も、人的にも物的にも被害がなかった。ひとまず安心。テレビで少しニュース映像を見せてもらった後、短時間ですぐにオフィスへと戻る。
 オフィスに戻ってからは、機転をきかせ、社用車のガソリンをチェック。いつもすっからかんのことが多いからだ…。案の定、残りが少ないため、別のスタッフと二人で246沿いのスタンドまでガソリンを入れに行く。これが奇跡的に全く動かないほどの大渋滞が始まる直前で、スタンド待ちの行列も起きる前で、たった1台待ちで給油でき、満タンでスムーズにオフィスに戻れた。渋谷方向から三茶方向へ246を歩く人の数がやけに多いのが印象に残った。
 その後は他フロアも含め、全社スタッフを集めて作戦会議。段々と事の重大さ、特に帰宅難民の問題を認識し、家族の安否確認もしたいだろうから、帰れる人から順次、早めの帰宅を促す。18時過ぎには社用車に5人満員で乗り込み、帰宅作戦を開始するも、山手通りは見たことのない規模の大渋滞。
 結局たった1km余り先で作戦断念。オフィスに戻りたくても簡単には戻れず、裏道から恵比寿駅方面を経由して戻ろうとするが、どこをどう通っても渋滞に巻き込まれる。

 オフィスで作戦の進捗状況を待っているスタッフもいるので、私は代官山付近で車を降り、歩きで先にオフィスに向かったほど。代官山付近の歩道や歩道橋は人で溢れていた…。ちなみに、目黒川沿いなど、幹線道路以外の裏の裏の道は空いていたのが印象的。また、これだけの渋滞が発生していながらも、ヤマト運輸や佐川急便など運送系の車は、裏道知識を駆使してか、所々で度々稼働している姿を目にしたのがとても印象的。素晴らしい。
 オフィスでは、車移動が現実的ではないことを知ったスタッフたちが歩いて帰ることを決意。また、一部のスタッフはオフィス裏の中華料理屋へ腹ごしらえに向かう。私は近くのドン・キホーテへ携帯ラジオなどを買いに行く。ドンキは凄い人。特に、その場で自転車を買い求める人の列が印象的。飛ぶように自転車が売れているようだ。買い物を終えた後は、私も中華屋へ合流。中華料理屋の中も帰宅途中なのか、帰宅を諦めた人なのか、大繁盛。
 腹ごしらえを終わったスタッフも21時過ぎくらいまでには順次中目黒を後にしていく。後日聞いた話では、長時間歩いて帰った者、途中で私鉄が動き出し、徒歩プラス電車で何とか帰れた者などいろいろ。いずれにしても皆、エラい目に遭った。
 私はオフィスに残り、PCで道路交通情報を見ると、都内の幹線道路は見たこともないほど真っ赤っか。

 23区内にとどまらず、東京西部へ向かう道も真っ赤で凄そうだ…。

 私は渋滞が緩和されるのを待つため、オフィス内で横になる。しかし、度々、揺れは小さいながら余震があり、その度に「これはでかいのか?」と身構え、熟睡できない…。
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[翌日へ続きます]
[この記事は311東日本大震災から100日目の2011/06/18にやっと振り返る気になってバックデートで執筆・公開したものです]

100503_娘ゴールデンウィーク旅行・鴨川&養老渓谷への旅・3日目



 2泊3日のゴールデンウィーク旅行3日目。最終日。7時には起き、今日も元気な

 朝食を食べ、ロビーで牛乳を飲み、チェックアウト。養老渓谷の中心部といえる観音橋周辺へ向かう。

 適当な無料駐車場はなさそうなので、道沿いの有料駐車場に止め、観音橋を渡り、養老川沿いを上流側へ歩いてみる。かなり昔、温泉に来たことがあり、この辺を歩くのは2回目。

 中瀬バーベキューハウスの先ですでには飽きてしまい抱っこになったため、折り返し、川原に出られる場所で軽く川の中を歩いてみる。

 水は結構冷たい。は、水の中の石をいじり、時に投げたりしながら、楽しそうに遊んでいた。

 これまでも何度も近所の川で川遊びしているため、余裕だろうが、さすがに近所の川より大きいため、深い場所には行かないよう、注意を払いながら遊ばせる。

 私は釣りの要領で、川底の石をひっくり返し、川虫を見つけてに見せるも、微妙な扱いをされる…。

 もっと遊びたい、というを説得し、昼過ぎには養老渓谷を後にする。

 亀山湖を通過し、木更津へ向かう。

 目的地は木更津・中の島公園の潮干狩り。もちろん、は初めての潮干狩り。公園のお砂場大好きなには最高の遊びかと思い、プランに入れていたのだ。
 中の島へ渡る中の島大橋へ近づくにつれ大渋滞。その上、近くの駐車場に入るにはとてつもなく時間がかかりそうな様子。仕方なく木更津潮浜緑地公園へ進み、袖ヶ浦火力発電所前辺りの海沿いの駐車場に止める。ここからは、中の島大橋の袂まで無料の送迎バスが出ていた。
 橋の袂は出店もあり、お祭りのような人込み。出店で軽く腹ごしらえをした後、中の島大橋を渡る。

 橋の上は風が強く、が飛ばされてしまいそうで怖いくらい。帰りがきついなと思いながら、中の島へ渡り、手続きを済ませて潮干狩り会場へ。

 我々が始めたのは15時近くと遅く、バスのおじさんには心配され、橋は帰る方向の人ばかりだったのだが、会場内はまだまだ凄い人出。貝より人の方が多く、すでに採り切られてしまったのではないかと思っていたら、案外、沖の方まで行かなくても、採れる、採れる。

 16時までの短い時間だったが、十分楽しめ、十分な量が採れた。も思う存分、泥んこ遊び。意外と、一番乗り気でなかったはずの妻が、一番楽しんでいたようだ…。

 施設内の簡易的な建物の中でドロドロ、真っ黒なを着替えさせ、潮干狩り会場を後にする。

 橋を渡る手前にすべり台が見えると、すかさず走っていく。これからこの橋を歩いて戻らなければならないのに大丈夫か、と心配になりながらも、遊びたい一心のに負け、少し自由にさせる。

 橋を何とか戻り、バスの停留所へ向かうと、手前の路地裏に黒い野良猫。お腹が空いているようで異様に足元にまとわりついてくる。きっと、魚とくれる漁港の人や、食べ物をくれる観光客が多く、食べ物をもらう術を心得ているのだろう。
 しかし、普段は猫好きなも、近所の猫と違い、やけにまとわりついてくる様子に恐怖を覚えたらしく、逃げ出す、泣き出す。何とか遠ざかり、バスに乗って落ち着いたは、後から、お腹空いていたのかな、かわいそうね、みたいなことを言っていた。さっきまで相当ビビッていたのだが…。

 車ですぐのガスト木更津中央店で早めの夕食。かなり混んでいたが、何とか入れてよかった。
 後はひたすら帰るのみ。は爆睡。随所で渋滞に巻き込まれながらも無事に帰宅。

100502_娘ゴールデンウィーク旅行・鴨川&養老渓谷への旅・2日目



 2泊3日のゴールデンウィーク旅行2日目。8時半頃から朝食へ。

 鴨川グランドホテルをチェックアウトした後、水族館「鴨川シーワールド」へ向かう。

 ホテルからはすぐの場所にあるが、駐車場待ちの車の列に時間をとられる。順番が来て誘導されたのは、メインゲート近くの駐車場ではなく、施設と反対側の裏道を回り込んだ非公式っぽい町中の駐車場。水族館へは民家や草むらの間を通り、鴨川シーワールドホテル側の臨時出改札・西ゲートから入ることになった。


 西ゲート近くのイルカの海、フンボルトペンギンの海、トドやアシカ、アザラシの海などをみた後は、サーフスタジアムのイルカパフォーマンスへ向かう。

 満席のスタジアムは席の間の階段までギッシリ。我が家も何とか階段に座り鑑賞。

 は、「♪きらきら星」の一部をイルカが「クワッ、クワッ、クワッ」と歌うパフォーマンスが気に入った模様…。

 その後は「トロピカルアイランド」内でクラゲやサンゴ礁の魚などを見て回る。

 園内はゴールデンウィークらしく凄い人出。

 初めて鴨川シーワールドに入ったのだが、普通の水族館と違い、思いのほかパフォーマンス中心の施設のため、時間を合わせたり、席を取るのが大変な印象。結局、マリンシアターのベルーガや“海亀の浜”を覗いた後、昼過ぎには駐車場へ向かう。

 には記念にシロイルカ・ベルーガのボールを購入。
 疲れたのか、駐車場に着いたは車に乗りたくないと泣き出す始末。仕方なく、裏道にあったコンビニに入ったりして気分転換をし、何とか出発。

 ランチをどこでとるか迷っているうちに「道の駅・鴨川オーシャンパーク」に入ってみる。

 ここは以前、菜の花の撮影に南房を訪れた際、立ち寄ったことがある。は楽しそうに施設内を探検していた。

 施設内の広場ではフリーマーケットのほかに、ゴールデンウィーク向けの企画なのか、竹馬やフラフープなどを無料で貸し出すイベントをやっていたため、や私も遊ばせてもらった。
 ただ、レストランは余りが食べれそうなメニューがなかったため諦め、結局、コンビニで買った軽食で済ませ、一路、養老渓谷へ向かうことにした。

 本日の宿「渓谷別邸もちの木」には16時頃到着。養老渓谷の深い谷間にある。駐車したすぐ脇が、切り立った凄い崖のため、落石がないかと少々心配なほどだった…。

 部屋から見える景色は、昨日の太平洋とは打って変わって山、というより緑の崖。ただ、ベランダから下を覗くと養老川が楽しめた。

 まだ陽が残っているので、3人で宿の周辺を散策してみる。

 川は容易に下りられるような場所がなく、が楽しめるような感じではなかったため、本当に軽く散歩をする程度で終了。

 夕食は部屋食ではないが完全個室でよかったが、隣の部屋の大人数のおじさんばかりの宴会がうるさく、正直イマイチだった…。

100501_娘ゴールデンウィーク旅行・鴨川&養老渓谷への旅・1日目


 ゴールデンウィークは千葉の鴨川&養老渓谷へ。、旅行は軽井沢、大洗に続き3回目となるが、2泊するのは初めて。10時過ぎに出発、首都高へ。
 一瞬のことだが、にとってはレインボーブリッジも初通過。次は初の東京湾アクアラインかと思っていたら、湾岸線の地下で早速の渋滞。パトカーが渋滞の列の間を抜けていく。

 事故渋滞だった。スリップでもしたのか、単独事故のよう。事故地点を過ぎてしてしまえば、比較的スムーズ。しかしさすがに“海ほたる”は満車で待つようなので通過。途中からは飽きて眠ってしまった…。

 今日の宿は「鴨川グランドホテル」。13時半頃到着。チェックイン手続きをしている間、はフロント前の池で、錦鯉を楽しそうに眺めていた。

 部屋からは眼下に太平洋を臨む。正月に行った大洗の海とはまた違った印象。は興味深そうに海を眺めていた。

 少し寛いだ後、砂浜へ下りてみる。ホテル前の海は、キレイな砂浜。

 は打ち寄せる波が怖いらしい。なかなか波打ち際へは進まない。
 一度だけ、勇気を出して、波打ち際にいる妻のもとへ行くが、波が寄せてきた瞬間、血相を変えて、後ろで撮影していた私のところへ泣きながら逃げてきた…。

 砂浜とホテルの間には屋外プールがある。

 まだ外で泳ぐには寒いため、誰も泳いでいる人はいないが、はプールの周りを楽しそうに駆け回る。こっちは落ちないかヒヤヒヤする。

 一度、砂場グッズを取りに行き、砂浜で砂遊び。普段の公園の砂場とは比べ物にならない、一面広大な巨大砂場。いつもはお砂場大好きのはずが、さすがのも戸惑うのか、それとも風が強いからなのか、思いのほか集中力は続かなかった。波打ち際まで距離はあるが、波が気になるのだろうか…。

 ホテル内に戻り、レンタル水着を借りて、何と私とで初プールに挑戦。室内型のリゾートスパ「トロピカーナ」で、まずは浮き輪で浮かばせてみる。

 始めのうちは相当ビビッていたが、ずっと付き添ってプールの中をスイスイと移動させていると、少しずつ楽しそうな表情に変わってきた。
 その後は“すべり台”にも挑戦したが、思いのほか“滑り”がよく、が先にサァッと滑ってしまったため、私も慌てて追いかけ、そのまま水の中へ。浮き輪をつけていたため、水中には潜らなかったが、もかなり水をかぶった。
 きっと大泣きでプールを出ると言い出すかと思いきや、案外楽しそうな感じ。そのまま水深の浅いエリアで、浮き輪で泳ぐ練習をさせてみた。

 夕食。部屋食なのはとても助かる。は水着から浴衣に変身し、まだまだ元気。

 興奮冷めやらぬのか、旅先では今回も寝かしつけに苦労する。車の中である程度寝てしまうことも影響しているのだろう。

 外は満月。月明かりが太平洋に光の道を描いていた。
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100426_新作Blu-ray&DVD『バーチャル・プラネタリウム』MA・ナレーション録り


 10月1日にDVD、12月9日にBlu-rayを発売予定の新作『バーチャル・プラネタリウム 「全天88星座」の世界』のMA。
 MAと言っても特殊で、これで完パケる訳ではなく、ナレーション録りのみ。通常、音楽はナレーション録りの前にほぼ完成しているし、MAの後に映像に手を加えることは基本ないのだが、今回はすべて異例。
 今日のナレーション録りの後、そのナレーションの雰囲気に合わせて、さらに映像を微調整する予定。そして、音楽は微調整後の映像に合わせて創作。選曲ではなく、全編オリジナル作曲、新録音である。
 よって、通常MAはオーサリング前の最終工程だが、今日のMAはまだ途中段階。CD-ROM時代から一緒に多数制作してきた沼澤さんの意向によるものだが、とにかく本作はこだわり抜いたいい作品にしたいと思っている。
 午後一から広尾のrSTUDIO。
 ナレーターは能登麻美子さん。DVD『耳折れ兄弟』以来のご依頼。
 沼澤さんには本拠地・新潟からわざわざ上京していただく。
 夕方までかかり無事に全編録り終える。映像構成も台本も、企画段階からすでに能登さんの想定して創ってきたため、さすがに雰囲気にピッタリ。手応えを十分に感じた。
 耳折れの時よりも長丁場で難しいフレーズも多かったのだが、能登さんはさすがの仕事振り。声質通りの人当たりのよさは、作業が長時間に及んでも変わらない。人気先行ではなく、実力あっての人気、というのがよく分かる仕事内容だった。
 発売まではまだまだ作業が続く。
 [この記事は2010/9/29以降にバックデートで執筆・公開したものです]

工藤雄司公式パーソナルブログ:The Official Personal Blog of Yuji Kudo

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